鶴岡八幡宮・四月の祭礼と行事~桜咲く卯月~

鶴岡八幡宮・四月の祭礼と行事~桜咲く卯月~

今回は、春たけなわ卯月の鶴岡八幡宮の祭礼・行事を、境内を彩る花鳥と共にご紹介します。この日差し柔らかく桜も美しい卯月には、若宮、丸山稲荷社、旗上弁財天、武内社といった鶴岡八幡宮の多くの摂末社の例祭が斎行される他、源頼朝公の御命日にあたる13日 には「源頼朝公墓前祭」、昭和天皇の御誕生日にあたる29日には「昭和祭」が執り行われます。また鎌倉最大のイベントである「鎌倉まつり」にあわせて「静の舞」「包丁式」「流鏑馬」も奉納されます。

境内図

鶴岡八幡宮境内図

鶴岡八幡宮・四月の風景

桜の頃、鎌倉駅東口を降りて島森書店前の鎌倉駅入口交差点を左に曲がり若宮大路を北に見やりますと、二の鳥居から三の鳥居まで、段葛の両脇に植えられた満開のソメイヨシノの並木がまっすぐに続きます。

鶴岡八幡宮の境内に入りますと、すぐ右手に広がる源氏池の水面に映える桜が見事です。鴨や鴫なども源氏池に集まります。

源氏池に浮かぶ旗上弁財天の桜も見応えがあります。白鳩も多く集まってきます。

源氏池畔に沿って整備された牡丹園では春牡丹とのコラボが楽しめます。

お日柄のよい日には、舞殿で神前結婚式を挙げるカップルもいらっしゃいます。鶴岡八幡宮では、若宮拝殿でも挙式が執り行われています。

桜の頃を過ぎると、境内至る所で若葉が茂り始めます。

大石段上からは、段葛の桜並木のずっと遠く「一の鳥居」まで見通せます。

四月の下旬には、段葛の躑躅や、斎館と鶴岡幼稚園の間の広場の源氏池畔にある藤棚もきれいになって参ります。

四月の社頭歴

鶴岡八幡宮の祭礼・行事予定は手水舎脇の社頭歴に掲げられています。

平成30年(2019年)4月の社頭歴

四月の祭礼

気候のよい4月は、鶴岡八幡宮の摂社・末社の例祭を中心に多くの祭礼が斎行されます。なお例月3日に斎行される「摂末社月次祭」は、各摂末社の例祭が斎行されるため4月には執り行われません。

日付 祭礼 場所
1日 月首祭 本宮他
2日 由比若宮例祭 由比若宮(境外末社)
4月初己 旗上弁財天社例祭 旗上弁財天(末社)
3日 若宮例祭 若宮(摂社)
9日 丸山稲荷例祭 丸山稲荷(末社)
13日 源頼朝公墓前祭 源頼朝公墓所(西御門)
15日 月次祭 本宮
21日 武内社例祭 武内社(末社)
29日 昭和祭 本宮

由比若宮例祭(4月2日)

源頼義公が、康平六年(1063年)に初めて鎌倉の地に石清水八幡宮の御分霊を勧請したのが「由比若宮(元八幡)」です。治承四年(1180年)に、源頼朝公により現在の大石段下にある「若宮」の場所に遷座するまでは、鎌倉における源氏の氏神「八幡神」信仰の中心でした。 由比若宮の例祭は、毎年4月2日に、鶴岡八幡宮・宮司が祭主をお務めになって斎行されます。

祭主以下御神職の皆様が、社務所前より鳥居を潜り神前に進み出ます。修祓の後、粛々と神事が執り行われます。

献饌及び祝詞奏上のカットです。例祭のこの日は、ご本殿が開扉されます。

若宮例祭(4月3日)

鶴岡八幡宮の唯一の摂社である「若宮」は、大石段に向かって右手にあります。現在の社殿は、拝殿・幣殿・本殿が連なる立派な権現造で、2019年に修復を終え色鮮やかに蘇ったばかりです。「由比若宮(元八幡)」から、現在地(旧小林郷)に遷した当初は、現在の「若宮」の建っている場所に、鶴岡八幡宮の御本殿が置かれていましたが、建久二年(1192年)三月の鎌倉大火により焼亡してしまったことから、ご本殿は大石段上に移転し、現在の「本宮」となりました。そして同年十一月その故地に「仁徳天皇(にんとくてんのう):応神天皇の皇子」「履中天皇(りちゅうてんのう):仁徳天皇の皇子」「仲媛命(なかつひめのみこと):仁徳天皇の母后 」「磐之媛命(いわのひめのみこと):仁徳天皇の皇后」をお祀りすべく新たに創建されたのが現在の「若宮」です。若宮には御神輿が四基あり、現在は本宮の回廊に本宮御神輿三基と並んで収められています。昔は本宮と同様に神幸祭が執り行われ、流鏑馬も奉納されていたそうです。

若宮例祭では、鶴岡八幡宮・宮司が祭主をお務めになり、巫女4名による御神楽が奉納されます。社務所前に整列した御神職の列は、祓戸での修祓の後、若宮に向かいます。

丸山稲荷社例祭(4月9日)

丸山稲荷社は、鶴岡八幡宮・本宮の西側にある小高い丘の上に鎮座する鶴岡八幡宮の末社で、源頼朝による由比若宮からの遷宮前よりここ旧・小林郷に祀られていたことから「地主稲荷」の別称を持ちます。 4月9日は、丸山稲荷社の主要な三つの祭礼(初午祭、例祭、火焚祭)の一つ「例祭」の日で、唯一社殿の御扉が開扉されます。

ご参考記事→鶴岡八幡宮・丸山稲荷社~例祭(2019年)~

丸山稲荷社にお仕えの禰宜が祭主を務め祝詞を奏上します。続いて巫女二名による御神楽が奉納されます。

多くの参列者の皆様の直会の様子です。

源頼朝公墓前祭(4月13日)

源頼朝公の御命日に該る4月13日には、若葉混りの名残の桜の下、西御門の御墓前にて、頼朝公報恩会主催の「源頼朝公墓前祭」が執り行われます。現在の墓石となっている多層塔は、もともと源頼朝公が父君・源義朝公の菩提寺として建立した「旧・勝長寿院(大御堂)」にあった供養塔を、江戸時代後期に薩摩藩主・島津重豪が移築したものと云われております。

白の礼装に身を包んだ御神職の列が、西御門の白旗神社の石鳥居を潜り、すぐ左手の墓所に続く石段を上ります。祭主は鶴岡八幡宮・権宮司がお務めになります。

武内社例祭(4月21日)

本宮回廊の内にある唯一の末社が、本宮御祭神・応神天皇に仕えた名臣・武内宿禰(たけのうちのすくね)を祀る武内社(たけうちしゃ)です。武内宿禰を主祭神とする因幡国一の宮・宇部神社と同じく4月21日が例祭の日となっております。

昭和祭(4月29日)

「昭和祭」は、昭和天皇の御誕生日にあたる4月29日に多くの神社で斎行される御祭で、日本国民統合の象徴として六十余年の長きにわたり尊崇せられてきた昭和天皇の大御心を追慕しつつ「皇室の弥栄」「国民の安寧」「日本国の発展」「世界の平和」 を祈念します。神社本庁の分類によれば中祭に該り、鶴岡八幡宮では、宮司を祭主として本宮にて執り行われています。御神職は一同白色の礼装に身を包み、御神楽を奉納する巫女二名は、髪を絵元結に束ね、若草色の下襲に菊と鶴の柄の千早を羽織って、大石段を上っていきます。なお宮中祭祀の「昭和天皇祭」は、昭和天皇の御命日に該る1月7日に執り行われる御祭で、4月29日に執り行われる昭和祭とは異なります。

四月の行事

鎌倉を挙げての祭典「鎌倉まつり」では、鶴岡八幡宮を中心に様々な行事が組まれています。

日付 行事 場所
第二日曜 鎌倉まつり行列巡行 若宮大路から境内・流鏑馬馬場付近まで
第二日曜 ミス鎌倉お披露目 舞殿
第二日曜 静の舞 舞殿
鎌倉まつりの頃 包丁式 舞殿
第三日曜 流鏑馬 流鏑馬馬場

鎌倉まつり行列巡行(4月第2日曜日)

恒例の「鎌倉まつり」は、4月第2日曜日午前の「行列巡行」で幕を開けます。
鎧をまとった武者姿の皆さんをはじめ、八雲神社・五所神社・葛原岡神社等のお神輿やお囃子が参加した鳴り物入りの賑やかな行列が、下馬四つ角をスタートしてから、若宮大路を段葛に沿って北上し、境内の流鏑馬馬場付近まで進んでいきます。

ご参考記事→ 鎌倉まつり~若宮大路・行列巡行(2019年)~

ミス鎌倉お披露目(4月第2日曜日)

鎌倉まつりの初日4月の第2日曜日の午後には、「ミス鎌倉」のお披露目があります。浄智寺の予選・長寿寺の本選を勝ち抜き晴れてミス鎌倉に選ばれた三名は、鎌倉近辺の様々なイベントに参加し、鎌倉のPRに務められます。

ご参考記事→鎌倉まつり~ミス鎌倉お披露目(2019年)~

静の舞(4月第2日曜日)

例年、鎌倉まつりの初日に該る4月の第2日曜日には、舞殿にて「静の舞」が奉納されます。「静の舞」は、鎌倉時代の初め、源頼朝に追われた源義経の愛人である静御前が鎌倉に連行され、源頼朝の命により、鶴岡八幡宮の回廊で白拍子の舞を演じた故事に由来します。

ご参考記事→鎌倉まつり~静の舞(2019年)~

包丁式(鎌倉まつりの頃)

包丁式は、鎌倉まつりの頃、鶴岡八幡宮・舞殿にて奉納されます。素材の魚に一切手を触れることなく、庖丁と真魚箸(まなばし)のみを用いて、 古式にのっとり巧みにさばいていく技は見事です。

ご参考記事→鎌倉まつり~庖丁式(2019年)~

流鏑馬(4月第3日曜日)

鎌倉まつり最終日の4月第3日曜日には、鶴岡八幡宮流鏑馬馬場にて、武田流一門(大日本弓馬会系)による流鏑馬神事が奉納されます。 社務所前で奉納される「天長地久の儀」に続き、二組に別れた射手が、「天下泰平(てんかたいへい)」「五穀豊穣(ごこくほうじょう)」「万民息災(ばんみんそくさい)」を祈念しつつ、 流鏑馬馬場の南側に並べられた三つの的を騎射(きしゃ) にて次々と射抜いて行きます。

ご参考記事→鎌倉まつり~流鏑馬(2019年)~

最後までご覧いただきありがとうございました。断続的にはなると思いますが、今後も鶴岡八幡宮の月毎の祭礼・行事をご紹介していく予定です。