鶴岡八幡宮・二月の祭礼と行事~鶯さえずる如月~

鶴岡八幡宮・二月の祭礼と行事~鶯さえずる如月~

 今回は、鶯さえずる如月の鶴岡八幡宮の祭礼・行事を、境内を彩る花鳥と共にご紹介します。正月の喧騒から、少し落ち着きを取り戻した境内では、梅があちこちで小さな花を咲かせています。源氏池には、荒れ気味の海を避けた「ゆりかもめ」が集い、冬眠しない「台湾リス」も餌を求めて活発に動きまわります。
 2月の行事の目玉は、節分祭の後に行われる「福豆拾い(豆まき)」です。大紋を着込んだ年男・年女の撒豆奉仕者が、元気よく豆袋を撒き、当たりが出ますと福物を頂けます。

なお鶴岡八幡宮のご由緒、ご朱印、年中行事、季節の花々、アクセス等につきましては、以下のリンクをご覧ください。
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鶴岡八幡宮・月々の祭礼と行事

記事リンク
1月 鶴岡八幡宮・一月の祭礼と行事~寒牡丹華やぐ睦月~
2月 鶴岡八幡宮・二月の祭礼と行事~鶯さえずる如月~
3月 鶴岡八幡宮・三月の祭礼と行事~草木萌ゆる弥生~
4月 鶴岡八幡宮・四月の祭礼と行事~桜咲く卯月~
5月 鶴岡八幡宮・五月の祭礼と行事~若葉香る皐月~
6月 鶴岡八幡宮・六月の祭礼と行事~蛍舞う水無月~
8月 鶴岡八幡宮・八月の祭礼と行事~陽光溢る葉月~

境内図

鶴岡八幡宮境内図

鶴岡八幡宮・二月の風景

JR鎌倉駅に近い二の鳥居です。温暖な鎌倉ですが、さすがに2月は冷え込みます。段葛の桜も芽吹く頃合いを見計らっているところです。

コロナ前の大石段の風景です。

東の鳥居から、西の鳥居まで流鏑馬(やぶさめ)馬場を見通すとこんな感じ。

至る所に梅の花が咲いています。

齋館の塀越しの東鳥居

こちらは、社務所前です。祭礼に向かうご神職が梅の下に並びます。

こちらは流鏑馬馬場の寒桜です。2月の境内では一番目立ちます。

源氏池には、ゆりかもめが集います。

台湾リスも、物おじすることなく参拝客に近づきます。

二月の社頭暦

二月の祭礼

旧暦二月といえば、冬が明けて農作業の支度が始まる時期で、その年の五穀豊穣を祈る大祭「祈年祭」が執り行われるなど、立春を迎え、八幡様のお祭りも正月のお祝いモードからお仕事モードに切り替わって参ります。

日付 祭礼 場所
1日 月首祭 本宮他
2月初午 丸山稲荷社初午祭 丸山稲荷社
立春の前日 節分祭 本宮・舞殿
3日 摂末社月次祭 若宮他の各摂社末社
11日 紀元祭 本宮
15日 月次祭 本宮
17日 祈年祭 本宮

月首祭(毎月1日)

 鶴岡八幡宮では、歳旦祭が斎行される元旦を除き、毎月朔日に本宮にて月首祭を執り行います。 こちらの様子は、鶴岡八幡宮・五月の祭礼と行事~若葉香る皐月~にてご紹介しております。

丸山稲荷社初午祭(2月初午)

  2月の最初の午の日(初午)には、京都の伏見稲荷大社を始めとした多くの稲荷社で「初午祭」が執り行われますが、その起源は稲荷神が京都・伏見稲荷の三ヶ峰にお出でになった和銅四年(711年)に遡ると云われております。
 鶴岡八幡宮の地主神・倉稲魂神(うかのみたまのかみ) をお祀りする丸山稲荷でも、農業の神様である倉稲魂神に五穀豊穣を祈願して、もともと農作業が始まる旧暦2月の初午の日に執り行われてきました。 明治六年(1873年)に新暦に変わった後は新暦の2月の初午の日に執り行われており、鎌倉地区では、佐助稲荷の初午祭も同日となります。

本宮拝殿の西側の小高い丘(丸山)にある丸山稲荷の社殿では、初午祭に先立ち、丸山稲荷の崇敬者の皆さんがご参列の「初午祈願祭」が執り行われ、丸山稲荷のお札が授与されます。

午後二時に初午祭が始まります。こちらは修祓。

こちらは献饌。様々な供物が神様に献上されます。

祝詞奏上が終わると、巫女によるお神楽が奉納されます。

最後は、直会(なおらい)でお神酒を頂きます。

節分祭(立春の前日)

 旧暦における立春・立夏・立秋・立冬の前日を節分と呼びます。ことに立春の前日にあたる節分の日は、二十四節季を基準(節切)とした場合の1年の最終日ということで特に重視されてきました。
 節分に先立つ直近の土日を含む3日間に行われる「鶴岡厄除大祭」およびここでご紹介する「節分祭」は、新春(旧暦)を迎えるにあたり災厄を払うための儀式となっています。
 「節分祭」の祭儀は、撒豆奉仕者も参列して本殿で行われ、舞殿において
悪鬼邪霊を追い払う「鳴弦(めいげん)の儀」を奉仕する弓手に対し弓矢が授けられます。
 舞殿では、修祓、「鳴弦の儀」、撒豆(豆まき)と儀式が続きます。

豆まきが行われる舞殿では、すっかり準備が整っています。

本宮で執り行われる節分祭に参列するために、大石段を上るミス鎌倉の皆さんです。豆まきでは撒き手として参加なさいます。

宮司以下、ご神職の皆さまも登殿します。

本宮での神事を終え、大石段を降りようとする撒豆奉仕者の皆さんです。

宮司以下、関係者が記念撮影に臨まれます。

撒豆に先立ち、舞殿にて修祓。

「鳴弦の儀」が執り行われます。

福豆を盛った一升枡を手に撒豆奉仕者の皆さんも準備完了。

福豆の拾い手も万全の準備が整ってます。

勢いよく福豆が撒かれます。

こちらが福豆です。

「当」印の福豆袋をゲットすると、福物の入った福袋と交換してもらえます。

社務所前に並ぶ弓手のお二人。

摂末社月次祭(毎月3日)

 摂末社の月次祭は、毎月3日に一斉に執り行われます。こちらの様子は、鶴岡八幡宮・五月の祭礼と行事~若葉香る皐月~にてご紹介しております。

紀元祭(11日)

2月11日は、古事記や日本書紀にも記されているとおり、初代・神武天皇の即位日をもって定めた日で、現在は「建国記念の日」となっていますが、第二次大戦までは「紀元節」と呼ばれていました。紀元祭は皇室の隆昌と国家の安泰を祈念するお祭りで、神社祭祀規定では「中祭」にあたります。

紀元祭では、早春をイメージした若草色の千早に透き通る白の素袍(すおう)を羽織った二人の巫女が舞を奉納します。皇室ゆかりのお祭りということから前天冠は菊を模した「花冠(はなかん)」で、左手で長い桜花柄の裳裾を抱え上げ、右手には「檜扇(ひおうぎ)」をお持ちです。

紀元祭ということで、ご神職は礼装の斎服(さいふく)をご着用です。

祓戸で、身を清めます。

祭儀は本宮にて行われ、ご神職の皆さんは大石段を上って行かれます。

ご神職の退下の模様です。

月次祭(毎月15日)

 例大祭が斎行される9月15日を除く毎月15日には、月次祭(つきなみさい)が奉仕され、神恩に感謝するとともに崇敬者一同の繁栄を祈念します。こちらの様子は、鶴岡八幡宮・五月の祭礼と行事~若葉香る皐月~にてご紹介しております。

祈年祭(17日)

 祈年祭(きねんさい)は「としごいのまつり」とも呼ばれ、春のはじめにあたり、その年の五穀豊穣を祈ります。収穫に感謝する秋の「新嘗祭」と対になる重要なお祭りで、今日では商工業も含むあらゆる産業の発展、国家と国民の繁栄を祈るお祭りとされています。
 毎年2月17日には、宮中三殿(賢所・皇霊殿・神殿)に天皇陛下が御親拝される他、伊勢神宮を始めとする全国の主要な神社で斎行され、神社祭祀規定では「大祭」にあたります。平安の昔には、全国の延喜式内社(2861社)に幣帛が奉られていました。
 「とし」には「年」という漢字が充てられていますが、中国文化に染まる以前の古語で「とし」とは「稲」を表します。そして「稲」は一年サイクルで収穫されることから後に「年」の意味でも使われるようになったという訳です。また「こい」は祈り・願いといった意味を持っており、敢えて漢字を当てはめれば「乞い」ということになります。
 例大祭とならぶ「大祭」ということですので、舞をご奉仕する巫女さんも4名いらっしゃいます。装束は、紀元祭と同じですね。

手には、舞扇としてお使いになる大きな檜扇をお持ちです。

ご神職は、皆正装で祭儀に臨まれます。右に写る宮司は特級神職でいらっしゃるので、黒の「袍(ほう)」に白袴をお召しになっています。

祓戸で修祓。

祓戸より本宮に向います。

ご神職の皆さんが大石段を上ります。

巫女は、髪の根元を丈長(たけなが)でまとめ、 長い髪を和紙で熨斗(のし)状に包み水引を結んでいます。

 最後までご覧いただきありがとうございました。節分祭は、祭儀の後、一般の参拝者が「福豆拾い(豆まき)」に参加できることもあって一年の中でも人気のお祭りとなっています。鎌倉近辺では、鶴岡八幡宮の他、大船観音寺、建長寺、長谷寺、鎌倉宮などの豆まきも盛大です。