栃木・満願寺(出流観音)
山号・寺名 | 出流山(いずるさん)・満願寺(まんがんじ) |
宗派 | 真言宗智山派 |
ご本尊 | 千手観音菩薩 |
創建 | 天平神護元年(765年) 開山・開基:勝道上人(しょうどうしょうにん) |
開門時間 | 境内 8:30~17:00 奥之院(4月~9月)8:30~16:00 (10月~3月)8:30~15:00 |
拝観料 | 奥之院入山料:大人300円、子供200円 |
札所 | 坂東三十三観音霊場 第17番 関東八十八箇所 特別霊場 |
満願寺の魅力
◎空海をも唸らせた求道実践者日光開山・勝道上人のルーツ
◎真言宗智山派管長を輩出した総本山智積院・永代移転地及び旧別格本山としての重厚な歴史
◎天平以来の入峰修行の伝統を今に残す奥の院、大日、大師等の霊窟群
境内図
巡礼雑記
2021年1月7日 出流山・満願寺(出流観音)◆坂東三十三観音霊場(第十七番)参拝◆ ⇒投稿記事へ
栃木市にある坂東三十三観音霊場第十七番札所・出流山満願寺の開山は、勝道上人が日光開山に先立ち観世音菩薩のご加護を仰ぐべく今の本堂の場所に堂宇を立てて千手観音を奉安した天平神護元年(765年)で、「出流(いずる)」の名の通りこの地はまさに日光の源流・ルーツに該ります。寺伝によれば、さらに遡る天平時代に役行者小角が、現在の奥の院「観音の霊窟」を発見したのが修験道場としての出流山の始まりで、子宝に恵まれない下野国司・高藤介の妻が、この「観音の霊窟」に21日間籠り、翌天平七年に授かった男子が後の勝道上人とされています。勝道上人は二十歳で発心し、ここ出流山で4年間修行を積みましたが、千部ケ岳山頂から望む日光連山の中でもひと際威容を誇る男体山こそが仏伝に云う補陀落山であると確信して開山を志し、満願寺開山の翌年には見事日光山を開き、四本龍寺を建立なさいました。なお日光二社一寺の「要」である「輪王寺」は、明暦元年(1655年)に後水尾上皇より「輪王寺」の寺号が下賜されるまで九百年にわたり「満願寺」と呼ばれており、明治の廃仏毀釈後にも一時的に「満願寺」を名乗った時期がありました。
ご由緒
真言宗智山派 出流山満願寺は、弘法大師御作の千手観音菩薩をご本尊とする坂東三十三観音第十七番札所です。今から千二百余年前に修験の行者、役の小角によって「観音の霊窟」(鍾乳洞)が見つけられ、天平神護元年(765年)日光山繁栄の源を作られた勝道上人によって開山されました。この「観音の霊窟」には鍾乳石によって自然にできた十一面観音像があります。 下野の国司(今の県知事)の高藤介の妻が子宝に恵まれず、この「観音の霊窟」で子宝を得ることができるということを聞いて21日間「観音の霊窟」に籠り、翌天平七年に男の子を授かりました。この子がのちの勝道上人です。以来、当山の奥之院にお祀りされている鍾乳洞で自然にできた「十一面観音菩薩」は子授け、安産、子育てのご利益があると信仰されています。
ご詠歌
ふるさとを はるばるここに 立ち出づる 我が行く末は 何処なるらん
御朱印
坂東三十三観音霊場第十七番札所 |
年中行事
1月1日 | 奥之院・大悲の滝開き、新春特別大護摩供 |
2月1日 | 旧正月奥之院滝開き、旧正月特別大護摩供 |
3月21日 | 春彼岸会(春分の日) |
4月21日 | 御影供大祭、花まつり |
8月15日 | 盂蘭盆会 |
9月 | 大施餓鬼会 |
9月23日 | 秋彼岸会(秋分の日) |
12月17日 | 納めの観音 |
季節の花々
春 | - |
夏 | - |
秋 | 秋海棠、紅葉 |
冬 | - |
アクセス
住所 | 〒328-0206 栃木県栃木市出流町288 |
電話・FAX | Tel:0282-31-1717 Fax:0282-31-2121 |
URL | https://www.idurusan.com/ |
【公共交通機関】
JR両毛線「栃木駅」より栃木市生活バス出流行。
【車】
東北自動車道 栃木IC > 県道32号線 > 県道202号線 > 押山商店を左折 > 出流山満願寺(所要時間33分)
参拝者用駐車場(無料)。