稲葉根王子(いなばねおうじ)◆境内散歩◆熊野三山遠征記(第十四回)五体王子巡礼~岩田神社・水垢離場・一瀬王子跡~

稲葉根王子(いなばねおうじ)◆境内散歩◆熊野三山遠征記(第十四回)五体王子巡礼~岩田神社・水垢離場・一瀬王子跡~

 五体王子社の一つとして知られる稲葉根王子(いなばねおうじ)の名が、最初に見えるのは「中右記」で、天仁二年(1109年)10月22日の条に「伊奈波祢王子社」とあります。次いで建仁元年(1201年)に記された藤原定家の「熊野御幸記」には「稲葉根王子は五躰王子に準じて云々」との記述があることから、この頃はまだ五体王子には数えられてはいなかったことが分かります。しかし承元四年(1210年)の「修明門院熊野御幸記」になりますと「五体王子」と明確に記されていることから、鎌倉初期・後鳥羽上皇の時代に、五体王子としての地位が固まったものと思われます。
 現在の上富田町の稲葉根王子社の社地には、かつて稲葉根王子社に比定される村社・旧岩田神社が鎮座しておりました。しかし明治38年(1905年) に旧松本神社と合祀され、旧松本神社の地に遷座することで併せて岩田神社を名乗ることとなり、現・稲葉根王子社の南西にある岩田神社がそれに該ります。合祀された後も、現在の稲葉根王子社の社地(旧岩田神社社地)は遥拝所として祀られておりましたが、昭和31年(1956年)になり、稲葉根王子社は、こちらの社地に復祀され現在に至ります。
 古より中辺路を進む参拝者は、稲葉根王子社のすぐそばを流れる岩田川(富田川)で水垢離をしてから対岸の一瀬王子に渡り、その後も対岸を行き来しながら熊野本宮へと進んで参りました。

境内図

稲葉根王子旧景

こちらは、岩田神社と合祀される前の稲葉根王子社を描いた図です。現在の神明鳥居とは異なりこの頃の鳥居は明神鳥居で、川の手前に建てられています。また川を渡ったすぐ向こうには、今の境内には存在しない熊野特有の割拝殿がありました。

赤橋

稲葉根王子社前の小川にかかる赤橋です。赤橋に向かって右手には、世界遺産指定の記念碑と、昭和58年(1983年)に建てられた稲葉根王子跡の石碑(書は南画家の稲田米花)。

鳥居

赤橋を渡ったところにあるコンクリートの神明鳥居は、昭和48年(1973年)に建てられたものです。

こちらが世界遺産に指定された際に、熊野の各地に建てられた由来書です。

手水舎

鳥居をくぐった右手には手水舎があります。

社殿

正面に赤い瑞垣に囲まれた社殿があります。

正面が、稲葉根王子社の社殿で、向かって右手の小振りな社殿が稲荷社です。正中三年(1326年)の仁和寺の「熊野縁起」には「稲羽金剛童子、稲荷形也」と記され、また応永年間(1394~1428年)の「寺門伝記補録」にも「稲葉根稲荷大明神」と記されており、五体王子をお祀りする前のもともとの御祭神は稲荷神でした。

社務所

社殿に向かって右手の建物が社務所となっています。

境内

高野素十句碑

こちらは、高浜虚子の高弟・高野素十(すじゅう)の句碑です。
 「春風の 一日のみち 長かりし」
素十は、昭和31年(1956年)に、主催している俳誌「芹」の紀南支部を担当した出羽里石を訪ねています。

出羽里石句碑

この句碑は、高野素十の俳誌「芹」の同人・出羽里石のものです。里石は高浜虚子に師事し、後に高野素十の俳誌「芹」の紀南支部を担当しました。
  「月ひとつ 神楽のすみし 田の上に」

岩田神社跡碑

現在の稲葉根王子社の社地には、かつて稲葉根王子社に比定される旧岩田神社が鎮座しておりました。しかし明治38年(1905年) に旧松本神社に合祀・遷座され岩田神社を名乗ることとなったため、旧岩田神社を偲び、ここ旧地に岩田神社跡碑が建てられたものです。

稲葉根王子押印所

こちらは稲葉根王子境内に置かれたスタンプ台です。熊野古道中辺路にある主要なポイント41カ所にはスタンプ台が置かれており旅の記録を残すことができ、田辺市・新宮市・那智勝浦町の観光協会にてスタンプ押印用の「熊野古道中辺路押印帳」が販売されています。

水垢離場

こちらの水垢離場は、熊野古道の参詣時に岩田川(現富田川)で行われていた「水垢離」を体験できるよう平成15年(2023年)に整備されたものです。岩田川は穢れを払うみそぎの場であり、熊野本宮へ向かう巡礼者は、稲葉根王子で馬を捨てて川に入り、水垢離を取りながら対岸にある一瀬王子に向かいました。後鳥羽上皇も、岩田川を詠んだ御製を残しておられます。
「いわた川 谷のくもまに むら消えて とどむる駒の こえもほのかに」

水垢離場・上富田町サイトにリンク

一瀬王子跡

一瀬王子は、九十九王子の一つで、別名清水王子、伊野王子とも呼ばれます。「一ノ瀬」とは最初の渡河地点のことで、稲葉根王子より本宮大社に向けて最初に岩田川を渡る先の王子社であることから、一瀬王子と名付けられたようです。江戸初期すでに王子跡は不明になっておりましたが、寛文六年(1666年)に紀州藩により再興されました。

岩田神社

現在の岩田神社は、元々の松本神社で、明治38年(1905年)に旧岩田神社と合祀された際に、社号を松本神社より岩田神社に改め、社殿も旧岩田神社より移築されました。旧岩田神社は松本神社に合祀されるまで、現在の稲葉根王子の社地にあり、五体王子社・稲葉根王子に比定される由緒あるお社でした。
こちらの写真が、旧岩田神社より移築された社殿です。また岩田神社には二十二体の神像が残されていますが、そのうち県指定文化財となっている十一体の多くは、稲葉根王子社にあったものです。

岩田神社社殿・上富田町サイトにリンク

最後までご覧いただきありがとうございました。稲葉根王子にお参りしたこの日は生憎の雨で、岩田神社まで足を延ばせなかったのは残念です。