境内散歩

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鎌倉・光触寺◆境内散歩◆

  • 2018.11.03

光触寺は、地理的に逗子市街からの方が近く、逗子ハイランド住宅地を金沢街道に下りた付近の鎌倉・十二所にあります。もともとは比企ヶ谷にあった真言宗・岩蔵寺が弘安元年(1278年)に現在地へ移転し、翌弘安二年(1279年)に作阿上人(さくあしょうにん)が時宗の寺院として改めて開山したものです。この際「岩蔵」を山号に残し「岩蔵山光触寺」となりました。鎌倉の中心地から離れていることが幸いし南北朝から戦国時代 […]

鎌倉・延命寺◆境内散歩◆

  • 2018.11.01

延命寺は、下馬四つ角から大町通りを逗子方面に少し進んで、JR横須賀線・大町踏切手前右側にあります。逗子・鎌倉近辺に住んでいる人は車で移動する際に大町通をよく利用しますので、お寺の名前はご存じなくともそこにお寺があることだけは、ご存じの方が多いと思います。こじんまりとした境内ですが、鎌倉三十三観音霊場の第十一番札所、鎌倉二十四地蔵尊霊場の第二十三番札所として知られています。また「身代り地蔵」の伝説、 […]

鎌倉・来迎寺(西御門)◆境内散歩◆

  • 2018.10.28

鎌倉には来迎寺と名前の付くお寺は二か所ありまして、ここでご紹介する満光山来迎寺は、横浜国大付属小学校の東側の道をさらに奥に入った西御門にあります。もう一方の随我山来迎寺は材木座にありますが、両寺共に藤沢の遊行寺(清浄光寺)の末寺となっております。境内の主な建物といえばご本堂と庫裡のみの普通のお寺さんといった趣ですが、鎌倉以来の奥行ある歴史をお持ちで、「如意輪観音半跏思惟像」「岩上地蔵菩薩坐像」など […]

鎌倉・別願寺◆境内散歩◆

  • 2018.10.24

別願寺は、下馬四つ角から大町通りを逗子方面に進んで安養院の少し手前にあります。コンパクトな境内ですが、鎌倉三十三観音霊場の第十三番札所として知られています。室町時代には鎌倉公方代々の帰依を受け、また後に徳川家康から寺領を寄進されるなど寺勢を誇りました。観音霊場札所のご本尊は、霊場で唯一の「魚籃観音」です。 なお別願寺のご由緒、ご朱印、年中行事、季節の花々、アクセス等につきましては、以下のリンクをご […]

鎌倉・浄光明寺◆境内散歩◆

  • 2018.10.22

浄光明寺は、鎌倉駅西口からJR横須賀線沿いに今大路を北鎌倉方面に進み、JR横須賀線・寿福寺踏切を渡った先の泉ヶ谷と呼ばれる谷戸にあります。真言宗・泉涌寺派の準別格本山として高い寺格を誇り、創建以来、北条得宗家、足利将軍家、鎌倉公方等その時代毎の有力者の保護を受け、重厚な歴史を積み重ねてきました。また重要文化財「木造阿弥陀三尊像」を始めとした多くの文化財を所蔵していることでも知られています。現在では […]

鎌倉・千手院◆境内散歩◆

  • 2018.10.20

千手院は、光明寺・山門に向かって左手にあります。鎌倉三十三観音霊場の第二十番札所として、地元・鎌倉の寺社巡りがお好きな方々にはお馴染みの寺院です。鎌倉三十三観音霊場のご朱印を頂く際には、同じく十八番札所の光明寺、及び向かい側にある十九番札所の蓮乗院とを続けてお参りする方が多いと思います。元々は光明寺の僧坊で、光明寺が徳川家康が定めた関東十八檀林の筆頭だった江戸時代には「専修院」と称し浄土宗の修行道 […]

鎌倉・補陀洛寺◆境内散歩◆

  • 2018.10.14

補陀洛寺は、光明寺にほど近い材木座南部に位置します。「竜巻寺」の別称の通り創建以来幾度も竜巻の被害を受けたため、詳らかでない部分の多い寺伝ですが、サンスクリット語の「Potalaka」を中国語に音訳した「補陀洛」という寺名とも相まって、かえってエキゾチックな魅力が増してくる、どこか不思議なお寺です。寺名の元となった補陀洛山は観音菩薩が降臨するとされる伝説上の山で、インドの南端にあるとされています。 […]

鎌倉・安養院◆境内散歩◆

  • 2018.10.11

安養院は、鎌倉駅東口から若宮大路を南に下り、下馬四つ角を左折しJR横須賀線の踏切を超え、大町通りを6~7分程度歩いた左手にあります。坂東三十三観音霊場の第三番札所として有名で、地元でも鎌倉三十三観音霊場の第三番札所、鎌倉二十四地蔵尊霊場の第二十四番・結願の札所でもあります。また、ゴールデンウィーク頃の境内を濃いピンク色に埋め尽くす躑躅は、鎌倉の寺社では随一と言ってよいと思います。 なお安養院のご由 […]

鎌倉・海蔵寺◆境内散歩◆

  • 2018.10.07

海蔵寺は、鎌倉駅西口からJR横須賀線沿いに今大路を北鎌倉方面に進んだ扇ケ谷・最奥部の谷戸にあります。元々真言宗のお寺があった現在の場所に、鎌倉幕府六代将軍・宗良親王の命により創建されましたが、鎌倉幕府滅亡の際に焼失してしまいました。その後改めて、応永元年(1394年)に、鎌倉公方重臣・上杉氏定の中興開基、心昭空外の中興開山により、今に繋がる海蔵寺が出来上がりました。現在は、「鎌倉三十三観音」「鎌倉 […]

鎌倉・瑞泉寺◆境内散歩◆

  • 2018.10.03

瑞泉寺は、鎌倉宮からさらに二階堂の奥深く入った谷戸にあり、ここを目的に訪れる方を除いては、通りすがりの観光客の目に止まることのない静かなお寺です。関東公方足利家の菩提所であった瑞泉寺は、鎌倉五山に次ぐ関東十刹の首位に位置付けられる名刹で、江戸時代には、徳川家からも庇護を受けておりました。現在は、鎌倉三十三観音・第六番札所、鎌倉二十四地蔵尊・第七番札所を勤めていらっしゃいます。また、広い境内をきちん […]

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