極楽寺~梅かまくら寺社特別参拝(2019年)~

極楽寺~梅かまくら寺社特別参拝(2019年)~

鎌倉十三仏詣実行委員会」が例年企画する「梅かまくら寺社特別参拝」の第三弾「極楽寺」に行って参りました。 この日は、普段は公開されていないご本堂と宝物殿「転法輪殿」に上がり、ご住職による解説もお聞かせ頂けました。
なお極楽寺は、境内での撮影がNGのため、山門付近の様子しかご紹介できませんが、どの季節でも楽しめるよう様々な花を植えて下さっており飽きません。2月は何と言っても「梅」ですね。

「梅かまくら寺社特別参拝」 の概要については、以下の記事をご覧ください。⇒「寿福寺~梅かまくら寺社特別参拝(2019年)~」

極楽寺のご由緒、ご朱印、年中行事、季節の花々、アクセス等につきましては、以下のリンクをご覧ください。
極楽寺へ

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山門付近の様子

極楽寺には少し早く着いたのですが、既に山門前には受付を待つ参加者の方々いらっしゃいました。

山門には「霊鷲山」の山号額が掲げられています。
「霊鷲山(ギッジャクータ山) 」は、頂が鷲の姿に似た小高い山で、インド北東部のビハール州にあります。 お釈迦様が在世の頃 、この山は、ガンジス川流域の大国・マガダ国の首都「王舎城(ラージギール)」の近くを流れる「尼連禅河(にれんぜんが )」の畔にあり、お釈迦様はここを拠点に多くの弟子たちに法を説いていました。 大乗経典の「無量寿経」「法華経」が説かれたのも「霊鷲山」 と云うことになっています。

棟塀の瓦には北条氏の紋「三ツ鱗(みつうろこ)」が焼成されています。ただ正確に言いますと、この瓦のような二等辺三角形でできた「三ツ鱗」は北条早雲が興した後北条氏の家紋で、鎌倉北条得宗家の「三ツ鱗」で使用されている三角形は正三角形です。

山門前の白梅は小振りですが、くっきり白い花を咲かせていました。

極楽寺・白梅

山門前の椿の花は、一輪だけ残っていました。

極楽寺・椿

山門に向かって左脇に「極楽寺」の寺銘碑があります。


寺銘碑 の隣の石柱には「当山・開基北条重時・開山忍性菩薩・墓」の字が見えますが、これ自体は墓石ではありません。昔にどこからか指摘があったのでしょうか、よく見ると「墓」の字の左に「寺ノ内ニアリ」と後世になって彫り足されているのが解ります。

普段の出入は、右の脇門から入り、左の脇門から出る形になります。こちらは右の脇門です。昔の日本人の身長に合わせて作られていますので、かなり身をかがめなければ、潜れません。

転法輪殿(てんぽうりんでん)

極楽寺の転法輪殿は、通常「宝物館」と呼ばれる鉄筋コンクリートのしっかりした建物で、普段は非公開ながらも仏様を安置し礼拝供養するための宗教的な「仏堂」としての役割に加えて、防火・防犯設備を備え重要文化財の諸仏を安全に所蔵するという機能を持たせた所蔵庫としての役割も担っています。 仏教用語で一般に「転法輪殿(堂)」は、説教を行うための建物を指しますが、あとでご紹介する堂内右端の重要文化財・釈迦如来坐像が転法輪印を結んでおられるように、今もお釈迦様が法を説いていらっしゃる場として捉えられているのでしょう。
「転法輪殿」の中の仏様は、こんな配置になっており、いずれも国の重要文化財に指定されています。


極楽寺・「転法輪殿」 内・仏像配置図

中央の厨子には重要文化財の木造釈迦如来立像が安置され、灌仏会の前後4月7日から9日までの3日間のみ御開帳されます。衣文が規則正しく繊細に波を打っているのが特徴的な清凉寺式の仏像です。

釈迦如来立像が安置されている厨子の両脇には、十大弟子像が五体ずつ並んでいます。向かって左側後列は、 左端より目犍連(もくけんれん)・優婆離(うばり)・阿那律(あなんりつ)、左側前列は左端より舎利弗(しゃりほつ)・須菩提(すぼだい)、右側後列は、 左端より迦旃延(かせんねん)・富楼那(ふるな)・阿難陀(あなんだ)、左側前列は左端より羅睺羅(らごら)・大迦葉(だいかしょう)です。

「木造十大弟子立像 」(「重要文化財」毎日新聞社)より

堂内の一番左奥には、重要文化財「木造不動明王坐像」が安置されています。もともとは島根県益田市の「勝達寺」の御本尊でしたが、明治の神仏分離令により「染羽天石勝神社(そめばあめのいわかつじんじゃ)」の別当寺であった「勝達寺」が廃寺となった後、有志の方が保管されていた不動様を極楽寺がお引き取りになったとのことです。下の写真は、本体だけですが、炎の渦の中央が鳥の頭の形をした「迦楼羅焔光(かるらえんこう)」式の火焔光背をお持ちで、衆生の煩悩を焼き尽くしてくれます。


「木造不動明王坐像 」(「重要文化財」毎日新聞社)より

堂内右奥には 伝・仏師善慶作「木造釈迦如来坐像」が鎮座します。こちらのお釈迦様は
悟りを開いた後、最初に説法を行なった時の姿と表わす転法輪印を結んでおられます。転法輪印を結ぶ 釈迦如来像は他では岐阜県御嵩町の願興寺の
釈迦如来像 が知られるくらいで、大変珍しいお姿です。

重要文化財・木造釈迦如来坐像(「神奈川縣文化財圖鑑」より)

ご本堂

国の重要文化財に指定された仏様は、全て転法輪蔵に安置されていますが、ご本堂にも立派な仏像・頂相がいらっしゃいます。まず、ご本堂内の仏像の配置ですが、こんな感じ。

中央須弥壇には三体の仏像が安置されており、中央がご本堂内の仏像で一番ボリューム感のある「木造不動明王坐像」です。こちらは極楽寺の塔頭であった真言院から遷されたものです。向かって左の「鎌倉市指定文化財・文殊菩薩坐像」及び右の「薬師如来坐像」も廃止された他の塔頭から江戸時代に 持込まれたものです。

鎌倉市指定文化財・木造文殊菩薩坐像(「鎌倉国宝館図録」より)

須弥壇の右奥には、開山・良観房忍性坐像があり、鎌倉市指定文化財です。



「 鎌倉市指定文化財・良観房忍性坐像」(「鎌倉国宝館図録」より)

須弥壇の左奥には、忍性の師匠で、旧派仏教の立場からの戒律・律宗復興運動で知られる思円房叡尊坐像があり、こちらも鎌倉市指定文化財となっています。


「 鎌倉市指定文化財・円思房叡尊坐像」(「鎌倉国宝館図録」より)

最後までご覧いただきありがとうございました。極楽寺は、鎌倉時代には四十九の子院を有する大寺院でしたが、下の古い極楽寺の境内絵図をご覧いただければ、これだけの文化財を所蔵していても不自然でない規模であったことが判ります。

「極楽寺境内絵図」